お仏壇を知る 匠の技に触れ 本物を知る

深淵を救う存在

仏陀とは

仏陀は、悟りを開いた人という意味であり、幼名をゴータマ・シッダールタ(釈尊)という。
29歳の時に出家し、生老病死の四苦の解決を求めました。肉体を苦しめることや、反対に快楽を求めることも解決にはならないと気づき、菩提樹の下で瞑想に入り、七日七夜の後、悟りました。
こうして悟ったことにより、シッダールタは「ブッダ」と呼ばれることになりました。これを「成道(じょうどう)」といいます。そしてその悟りの内容を語ることとなった初めての説法を「初転法輪(しょてんぼうりん)」といい、その内容である「四諦八正道(したいはっしょうどう)」を話されました。

仏陀とは

「四諦」

①苦諦…人が生きることが苦そのものであるという真理。
②集諦…苦が過去の煩悩を含めた数多くの原因で現実に現れてきたという真理。
③滅諦…苦を滅することがすなわち悟りであるという真理。
④道諦…苦を滅する方法が釈尊(仏)の教えであるという真理。

「八正道」

①正見…偏らない正しい見方。中道を意味する。
②正思…正しい考え方。
③正語…正しい言葉。
④正業…正しい行い。
⑤正命…正しい生活。
⑥正精進…正しい努力。
⑦正念…正しい思念。
⑧正定…正しい精神統一、禅定のこと。

仏教とは、苦の分類学でもあり、仏陀(釈尊)にとってのテーマが「苦からの脱出」であり、苦の行き着く先が死であると、真理として悟りました。よって、仏陀とは、私たち人間の生きる上での苦しみを、最も理解し、故にもっともその解決策を知っている存在であり、その内容方法こそが仏教なのです。

お釈迦さまの生い立ち

お釈迦さまの生い立ち
語り:田中ふみ枝 箏演奏:浅井大美子

これは遠い昔の、そのまた昔のお話。

「お釈迦様」

紀元前463年頃、ヒマラヤ山脈のふもとに、釈迦族の王国がありました。
そこには王スッドーダナと、王妃マーヤが子を授かることを願い暮らしていました。
ある夜、王妃マーヤは白い象が右のわきから体に入ってくる夢をみました。
しばらくすると、お釈迦様を身篭られました。

お釈迦様はネパールの南部のルンビニという小さな花園で、カピラ城に都をおく釈迦族の王子として4月8日に誕生され、ゴータマ・シッダールタと名付けられました。天から九頭の龍が現れ、甘露の雨が降り注ぎ、お釈迦様を清めました。
その時、蓮の花が忽然と咲き、その上にお釈迦さまは七歩あるいて立ち止まり、四方八方を見られてから右手を天に向け、左手を大地に向け、「天上天下唯我独尊」とおっしゃったのです。
この世で一番尊いのは自分である。なぜなら自分という存在はこの世に一人しかいないからである。
世界中の人間ひとりひとり、皆尊い。

その後お釈迦さまは、生後七日目にして、母マーヤがお亡くなりになります。
そして十六歳の頃にヤショーダラと結婚し、ラーフラという子をお授かりになります。

ある年、年中行事の鋤入れの式が行われました。お釈迦さまは鋤で堀り起こされて土の中から出てきた虫を、鳥が捕らえて食べてしまうのを 何度も何度も目の当たりにし、こう思われました。
「一方が生きるために、一方が殺される…。なんと惨たらしい…。生きる事はすべて、苦である…。」
お釈迦さまはそのまま考え込んでしまい、数日が経っていきました。
それを安じた父・スッドーダナ王は、王子のお釈迦さまを城の外に出して散策するよう提案します。

お釈迦さまはお城の東の門から出かけました。すると、今にも力尽きそうなヨボヨボのご老人と遭遇しました。お釈迦さまはお供の者に 「あれは何者か?」と尋ねました。お供の者は答えました。
「老人でございます。すべての人間は生身であるいじょう、老いの苦しみを逃れるものはございません。」
お釈迦さまは考え込んでお城に帰りました。

またあくる日、お釈迦さまは南門からお出かけになりました。すると、道端に倒れている病人と遭遇しました。
お供の者に「あれは何者か?」と尋ねると、「病人でございます。すべての人間は生身であるいじょう、病の苦しみを逃れる者はございません。」
と答えました。お釈迦さまはまた考え込んでお城に帰りました。
またあくる日、お釈迦さまは西の門からお出かけになりました。すると、ご遺体を運んでいるお葬式に遭遇しました。お釈迦さまはお供の者に、「あれは何者か?」と尋ねました。
お供の者は答えました。
「死人でございます。すべての人間は生身であるいじょう、死の苦しみを逃れるものはございません。」
お釈迦さまはまた考え込んでお城に帰りました。
しばらくして今度は北の門からお出かけになりました。すると、出家した修行者に出会いました。修行者はたいそう貧しく、痩せ細っておりましたが、落ち着きがあり、清らかな足取りで歩き、また彼のその眼は輝いて生きる意欲に満ち溢れておりました。お釈迦さまはその修行者の姿に深く感動し、自らも出家する決意をしました。
29歳になると、人生の苦しみを解決するため、王子の身分を捨て、妻子を城に残し、修行の道に入られます。それから6年間壮絶な苦行をされるのです。
しかし、この心身を極度に消耗する厳しい苦行は、根本的解決とならないことに気が付かれます。
35歳になられたお釈迦さまは、苦行で痩せ細った身体と心の渇きを、ネーランジャー川でゆっくりと洗われます。
川からあがると、村娘のスジャータの捧げた乳がゆをお釈迦さまは心静かにいただかれました。いくらか体力が回復されると、大きな菩提樹の根元に静かに座られ、すべてのいのちが苦しみから解き放たれることを願い、瞑想に入られます。そしてついに悟りを開き、『仏陀』すなわち、真実に目覚めた人、真実を悟った人、となられました。

お釈迦さまが気づかれたのは、この宇宙のすべてが、あらゆる物事のひとつひとつが、無数の条件が加わり、形として現れていること。あらゆるものが縁によってはじまり、縁によって移り変わり、縁によって終わると悟られたのでした。

またお釈迦さまは「私たちはなぜ苦しむのだろう」「苦しみはどうすればなくすことができるだろう」と苦の正体も見つめられたのです。お釈迦さまは苦しみや悩みを克服するために、こうおっしゃったのです。
「迷いの人生は苦しみであり、苦しみの原因はわたしに対する執着であり、その執着の原因である煩悩を断ち切れば苦しみはなくなるのです。そのために、正しい道を歩みなさい。その道とは物事の見方、思い、言葉、行い、生活、努力、気遣い、精神統一の八つを正しく行うことです。」と。 四つの道理と八つの実践方法『四諦八正道』を教えられました。

お釈迦さまの教えがこうして現在のお寺様の御法話、座禅、説法へと繋がり、我々の心安らかな暮らし方へと伝えられています。
本日はお釈迦様『仏陀』のおしえに出会えたことに感謝し、お釈迦様のお誕生日を祝いましょう。

仏壇の役割

仏壇の役割

心の健康としての機能

皆さんはお仏壇にどんな印象をお持ちでしょうか?亡くなった方を祀る場所、何か起こった時に祈る場所、死に対しての 心の整理をする場所、または単に仏事の形式としての場所などでしょうか。
様々な解釈がありますが、仏教の歴史において、お仏壇は仏の教えを知るための場所なのです。私たちが合掌をすること、 花やロウソクを飾ることのひとつひとつに意味があります。
さらに、近年では科学的研究により、子どもの情操教育に高い効果が出ることや、御御足が不自由になられたご高齢者の 生活ルーティーンとして健康に好影響を与えることも発見されております。
そして我々愛知屋仏壇本舗からは、お仏壇、すなわち仏の前に座ることにより、自らの存在の謙虚さを学ぶ事や、報恩感謝を 学ぶ場所であるという事、そして合掌することによって心が清々しく毎日を過ごせるようになることをご提案致します。